松島は今

仙台の帰り、松島経由で大和から高速に乗って帰ることにした。

4年前の震災のとき、1ヶ月経った4月の中旬にようやく被災地に入れるようになったので、松島に住んでいて被災した大学の同期に、みんなから託された救援物資を届けに秋田の同期4人で行ったのだった。

あのときは高速道路も波打っていて迂回路を通ったり、高速出入口が渋滞してたり。 松島まではそれほどでもなかったが、東松島に入ったとたん風景が一変して驚愕し、声を失ってしまったことを今でも強烈に覚えている。道路は通れるのだが他はあたり一面がれきの山だった。大きなブルドーザーか怪獣か何かが踏みつけて何もかも壊して行ったような跡だった。車を降りるとあまりいい感じではない磯の香りというかヘドロの匂いだったんだろうか、そういうのが立ち込めていて。黙っているとシーンと静まりかえって生活音がしないんだ。家の明かりがないから夜は真っ暗闇になる。家は基礎のコンクリートだけ残して跡形もないのがほとんどで。家はあっても一階は泥だらけでほぼ全壊してた。近くの線路の枕木が家の中に突っ込んでいたり。

あれから4年、あの場所はどうなっているのか、ずっと気になっていたし、震災の影響なんて何日か続いた停電くらいしか経験してないうちの子どもたちに知っておいてもらいたかったから再び訪ねることにした。高速道路が新しく伸びていて、ナビと記憶を頼りに車を走らせると鳴瀬川の堤防を降りたあたりに野蒜駅があった。彼の家はたしか駅のちょっと手前の裏あたりだったはず。当然ながらがれきはもうなくなっていた。周辺の家が建っていたであろう土地は空き地のままで緑で覆われていた。新しい家もぽつぽつ建っていたけどやはり閑散としている。野蒜駅は改装されたのかな?新しくなっていたけどよく見ると線路がなく、雑草がぼうぼう生えていた。仙石線はまだ全面開通してないのか。 結局変わっていたのはがれきがなくなって代わりに緑が生えていた、ということだった。

子どもちの目にはどう写ったのだろうか。あの光景を知らないからただ空き地が広がってるところ、としか思わないのかもしれないが、少しでも何か感じてもらえればいいと思う。

その道路沿いに焼きガキののぼりがたっていた。おおー、もう1つの目的、カキを食っていくか! DSC_1476

海鮮食堂というところのカキ小屋。店の前に白い固まりがあるなと思って近づくとなんとそれはみんなホタテの貝殻だった。たしかカキの養殖にこれ使うんだっけ? DSC_1477

お店に入って焼きガキを注文する。一人前8個で1000円。どれくらいのボリュームかわからないのでとりあえず子どもたちは食べないだろうからおかあやんと二人で一人前をたのんであとライスセットをそれぞれ頼むことにした。子どもたちは海鮮とは全然関係なくカレーライス、ラーメンだと…。 DSC_1479

鉄板の上にカキを乗せて蓋をかぶせて15分くらいかな、お店の人に殻のあけかたレクチャーしてもらって、軍手はめてナイフ持ってカキの殻の隙間に差し込んで貝柱?を切るとわりと簡単に開けることができた。食べてみると… 熱っ!うまっ! なにも味付けしてないのに塩味がきいていてうますぎる!殻に残った汁もうまいとのことですすってみると、ほんとだ!こりゃあ飯がすすむわ!ビールも飲みてー! あー、おとーやん1人一人前にすればよかった…。DSC_1480

ちょっと足りなかったけど、まあ満足。 その帰り道、海岸方面に車を走らせるとそこには松島のきれいな風景が広がっていて、釣りをしたり、砂浜ではバーベキューをしたり、岩場では岩のり?をとっていたのかな?家族連れでみんなで熊手みたいなのでなんかとってるような光景もあった。ああいうことがあってもここの人たちはやっぱり海とともに生きていくんだなあと思った。 そしてまた高速に戻って帰路についたのでした。 はると君は修学旅行でまたすぐに仙台、松島にくるらしいけど、奥松島まではたぶん来ることはないだろう。観光地だけでなく、この地のこと覚えておいてほしいと思う。

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