釜石へ2

翌日、何事もなかったように朝がきて

ホテルの朝食を食べて、電車の時間までまだ時間があったので

釜石の街の様子を見に散歩にでかけました。

至るところでこんな光景を目にします。

基礎だけ残っていたり、鉄骨がむき出しになった柱の跡だったり・・・

建物は残っていても窓ガラスがなく閉鎖されたままの店舗

一階が骨組みだけのアパート

消防署。今は使われている感じはしない。纏(まとい)だけが真ん中にポツンと・・・。

と思ったらすぐとなりの建物から消防車がサイレンを鳴らして出動!

ん?火事か?と思ったら

「津波警報!津波警報!」とスピーカーからのアナウンス。

なに~!?また津波!やばい、外に出てるし、海に近いところにいるし・・・

と思ったら

「これは訓練です。これは訓練です。」

あー、そうか、今日は防災の日。いろんなところで避難訓練やってるのか。

スマホからもまた不気味なあの音が鳴って

と災害速報メール。へー、訓練でもこうやって流れるんだー。

釜石にいる人にだけこのメールが来るんだな。

しかし、みんな慌てて出てきて避難してる感じじゃないな。

ま、地元民じゃないし、ゆっくりホテルに戻りますか。

帰る途中の橋のたもと。

釜石の真ん中を流れる甲子川。

震災当時はこの看板の上にある赤と白のラインのところまで津波がきたと表示してあった。

川の水面からみれば5~6m以上の高さがある。そんな高さの津波がここにきたのか・・・。

ホテルに戻ろうと思ったら、町の高台からと思われる町内放送が聞こえてきた。

「これは訓練です。非常に高い津波がきています。ただちに避難してください・・・」

訓練だとわかっているがその声が本番さながらに必死に訴えているので、地元民ではないが

避難してみることにした。場所は釜石小学校。ホテルからすぐそばの高台にある。

坂道を登ってすぐについた。

ここか・・・

震災当時も実際に避難所になったところで何度もテレビにでていたところだ。

ここから津波がくる様子、街が飲み込まれていく様子を避難した人たちが悲鳴のような

声をあげながら見ている映像はよく目にする。

あの光景から1年半。

空き地、閉鎖した店舗、新築した家、今も再建中の建物が混在する街、釜石。

帰りの電車の窓から仮設住宅がみえた。

復興はまだまだだ。少なくともこれがなくならない限りは・・・。

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